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カテゴリ:ソツセイ( 13 )
DIPLOMA 2006
2006年 1月26日 卒業設計講評会終了



長いようで、とても短く、本当に濃い3ヶ月が終わった。

とても熱いエネルギーに溢れた17人の4年生の仲間たちと、
多くの後輩や先輩たちに囲まれ、制作できたことを、心から幸せに思う。

4月から企業に就職する私にとって、
この卒業設計は、最後の建築の設計作品になるかもしれないということを
いつも頭のどこかで考えながら臨んだ、
今までのどんな課題とも全く異なる特別な体験だった。
だから、楽しめたというよりも、建築を学んだ8年間の様々なことと、
自分の伝えたいメッセージが交錯し、
ひとつにまとめることができずに苦しみ、それでも走り続けた。

毎日毎日、とにかく建築のことだけを考え続けた最後の2ヶ月。
こんなに、純粋な夢みたいな情熱だけで、突き進む日々はもう来ないかもしれない。
そう思うと、とても愛おしい日々だった気がする。

結果、優秀賞4名に入ることはできなかった。
とても悔しい。
しかし、これが今の時点での、自分の実力。
自分の持っている力は、全部だした結果であるから、後悔はしない。
この事実をしっかりと受け入れ、
今の自分に足りていない部分を補い、よい部分はさらに伸ばす。
人生は長い。
まだここから挽回できる。



最後に。

私の無謀なスケジュールと決断力のなさにことごとく振り回され、
それでも投げずに最後まで支えてくれたヘルプのみなさん、
ほんとうにありがとうございました、
いつもハイテンションでしゃべりすぎな私の相手をしてくれた4年生のみんな、
度々話を聞き、アドバイスをしてくださった先輩達。
みんながいなかったら、私は卒業できていません。
☆ありがとう☆
by yonedy7 | 2006-01-28 15:39 | ソツセイ
今日のできごと
本日、年内さいごのN沢エスキス。

「努力が足りない。」

とのコメント。

最近のエスキス、設計とか案の内容よりもむしろ、
建築に対する態度のようなものを、ひたすら学んでいるような気がする。
案があまり進んでいないこともあって、
自然と話す内容は、案の背後にあるもののことへ向かう。
来年から社会人になる自分にとって、一言一言がとても重たく感じ取れる。

コメントは、くやしいけれど現在の私の状況に対して、的確で、
全く何も言い返せない。

とにかく、後悔しないように、今は手を動かし続けるのみです。
周りは気にせず、最後まで、突っ走るしかない。

ということで、ハイ!
一製図室に模型山積みー
これ週末の目標
by yonedy7 | 2005-12-22 22:47 | ソツセイ
感激した話
ようやく卒制進みそうです。

実は、先週のエスキスでK兄貴とかなり激しい言い争いになり、
卒業設計自体、このまま進めてよいのかどうか、1週間程悶々とした日々を過ごしてました。

「既存に対して配慮がないのは、問題がeasy過ぎるし、都市に対して暴力的だ」
「君の案は、建築ではなくフラワーアレンジメントだ。」
などと、叩かれ、卒業設計として成立できるのかどうかさえ疑わしい雲行き最悪のエスキス。

そして、昨日。 1週間考えたけれども、カタチが変わっていないことにかなり不安をかかえつつ
エスキスを開始。 すると、k兄貴は
「ちょっと考えてみたんだけど・・・」
と、おもむろに手帳を取り出し、メモを見ながら、
私の案の問題設定/ストーリー/カタチの根拠を、明解に、かつ論理的に、説明始めた。


しかも、その話が、ちょうど私が、今日のエスキスで話そうとしたストーリーとほぼ同じ展開!
辛かった1週間が報われたような想いと、k兄貴の優しさに、もう涙ちょちょぎれるくらい、感激しました。

スミマセン。兄貴。1週間、目の敵にしてました。
やっぱりあなたはかっこいい大人です。


<卒制のテーマ> 12月16日現在
ビル群の建ち方
現在の容積率/建蔽率/斜線制限に変わる、新しいルールを考えます。
by yonedy7 | 2005-12-16 02:57 | ソツセイ
メッセージ
今日、卒業設計でのメッセージについて、いろいろ考えていたんだけれど、

「 建築が立ち上がる、ということは、 内部空間と同時に、
外部の空間や、通りや、都市の風景や、ある人の通勤路、ある人の家からの眺め etc が発生する。
全ての建築は、それら全てを対等に扱ったものでありたいということ。
どんな時でも、建築は周囲の都市や人々の生活に対して影響を与える、その事実をしっかりと受け止めて建築に関わりたい」
そんな、将来の設計者としての自分に対する  ’戒め’  であると同時に、
現状の大量のビルやマンションや家etc・・・に対する批評、
ということが一番の私のメッセージなんではないかと思う。(今の段階では・・・)

卒業設計は社会性とか、批評性とかをもたないと意味がない、とか言われてしまうけれど、
本当に自分のやりたいこと、意味のあること、
時間と労力を注ぐためのモチベーションは、ものすごく個人的で、
(自分の中では批評性はメインテーマではなく)
これから先、どうやって建築というものに関わってゆくことができるか分からないけれど、
いつか迷ったときに、そこに立ち返って、自分の位置を確認できるようなこと、
それは案外、上のような、当たり前でシンプルなことなんかなあ、と思う。

なんも案に対して具体性はないけれど。

だから、変に力んだりせずに、
自然に、ある部分ではほんとに気持ちのよいものをつくってもいいって、
少し緩やかに考えてもいいのかもしれない。

最近、更新をさぼり気味だと思って、久しぶりに書いたと思ったら、またソツセイネタ。
だって、最近それしかしてないんですから ! 
なんか、短時間で効果大なリフレッシュ法ってないかなあ。
by yonedy7 | 2005-12-10 06:12 | ソツセイ
解けたあ・・・?
この週末、ソツセイの形態をずうっと迷っていた。
ボリュームの作り方はだいたい方向性が見えてきたんだけれど、
開口をどうすればよいのか   

うう〜ん    。


それが、先ほど、友達の一言でスッキリ !
やりたいことがクリアに見えてきた。

今回のソツセイ、かなり周りの友達に助けられてる。
ほんっとに。
毎日テンション高くて楽しくって仕方ないし。

みんな ありがと☆

 
by yonedy7 | 2005-12-05 04:01 | ソツセイ
ピカーン☆
私のソツセイの一つ目の目標は
ビルたちによる美しいスカイラインをつくること!
美しいスカイラインといえば・・・・・・

そうです。
山並みです。

アルプス、日高山脈、 ヒマラヤ山脈などなど。。。
自然の地形が作り出す風景のルールを見つけ出せば、
ビルにだって、美しいスカイラインは作れるのでは!!!
by yonedy7 | 2005-12-01 11:39 | ソツセイ
徹夜
最近気がついたことですが、
’地団駄踏む’って、なかなか技が必要とされる動作のようです。
足の動き、手のやるせなさの表現、顔の表情
まさに、三位一体のなせる技です。

って、さっき、私の地団駄の踏み方は異常だとさんざん指摘されたので、
ここで主張してみました。

さあて、休憩おわり !
by yonedy7 | 2005-12-01 04:24 | ソツセイ
卒制ネタ 3  。。。。雑文
毎日まいにち、卒制でビルばっかり考えているから、
ふと、建築ってなんなんだろう・・・という、
答えなんて永遠にないような思考回路へ入り込んでしまう時がある。

たとえば、卒制では、現在の建築の領域を超えて、なにかを表現したいという欲望があり
だから、それじゃ ’建築ってなんだ?’ というような流れで、この思考回路へ突入する。

現時点での私の卒制での、’建築’のとらえかたは、

「街の中にいっぱいあるもの」

それらは、姿形は、建築でありながらも、
’空間’を感じることができるような、私たちが大学で学んでいるような、
いわゆる ’建築’ というものとは、一線を画した扱いをされている。
それって、すごく理不尽な線引きではないか?
毎日毎日の日常の中に、建築が介入できないなら、そんな高嶺の花のようなものであるなら、建築って、とてもつまらない。
公共施設やアート関連、デザイナーズ住宅だけでなくって、
もっともっと、日常のなかに、建築があってほしい。
日常の言葉で書くと、あまり頭が良さそうに聞こえないのがよくないんだけれど、
「街の中にいっぱいあるもの」
そんな日常の存在で建築はあってほしい。
現在の東京、はたまた日本の風景をつくっているものは、まぎれもなく、
量産され続けている、退屈なビルやマンションなんだから。



建築の領域を拡げてゆく方向性に、環境や土木やランドスケープのような、
現在の建築から外側に向かってゆくようなベクトルがあるとすれば、

現在の建築の内側に向かって、なにかを生み出してゆこうとする、
決して華やかに発散するでもない、ただ、したたかに現実を批評し、射止めるようなスタンスにも、やりかたはあるはずだと思う。

姉歯設計事務所の一件にて考えさせられるたことは、
こういった、ビルやマンションという量産されている建築に対して、どうやって建築家がどのように、関わってゆけるか。ということ。


こうやって、文章化してみても、
卒制で、ファンタジーではなく、現実を突くような提案は果たして、よいのか、
それは社会に出てからするべき提案なのでは?
という不安は一向に消えないわけですが・・・・

まあ、形でなんとかするしかないのかなあ


話は変わって、うちの大学の卒制では、建築に「社会性」が求められるのだけれど、
社会性をダイアグラムや言葉によって表明しなければいけないなんて、
その社会性が、ほんとに建築の領域であるのか?
こんな疑問もふと浮かぶ。

はい、今日の雑文終わり。
ぐだぐだいってないで、敷地模型完成させます。
by yonedy7 | 2005-11-29 22:34 | ソツセイ
今日も1人
学校で卒制してます。

昨日も夜行ったら誰もおらんかったけど、今日も1人。。。
みんな、もう12月だよ!
さみしいよー!!

っていうのも、私は要領が悪くて人の1.5倍くらい時間がかかってしまう、
ということをここに来ていい加減自覚し始めたので、さみしくても早め早め。です。
(ホントはもう既に1ヶ月遅れって先生に喝入れられてるけど)

今回の卒制、裏目標は、
「人に迷惑をかけない」
声高らかに、宣言しときます。

今まで課題の提出前、ほんとギリギリで、テンパって、
散々迷惑かけてしまったので、これ目標!
でもきっと、最後はやっぱりまたテンパるんだろうなあ。。。
だから、提出1週間前まではゆとりをもって進めるように、
今のうちに地道に進めとこうとおもいます。

ふう。。でもやっぱ誰か来て欲しいなあ。。。
by yonedy7 | 2005-11-26 21:36 | ソツセイ
卒制テーマ2
‘都市を纏う’

都市に対する建築の存在の仕方に興味がある。
それは、風景に対して建築が、どうあるべきか?という問題であるし、
東京という環境に対して、どのように関係を取り持ってゆくか?という問題でもある。

この問題に対して、「都市を纏う」と言ってみる。

【纏う・まとう】
(1)身につける。巻きつけるように着る。
「晴れ着を身に—・う」「一糸—・わぬ姿」
(2)つきまとう。
「業障に—・はれたるはかなものなり/源氏(夕霧)」
(3)まきつく。からみつく。
「法衣自然に身に—・つて肩にかかり/平家 6」

私達は、自らの身体を包む衣服を選ぶ際、実に様々な状況を一挙に受け入れている。
その日の気温、天候、風速、1日の中での気象変化といった外的環境から、個人の体調、活動場所、活動時間帯、活動内容といった個人的状況に至るまで、挙げてゆくときりがないほどの、あらゆる関係の微妙なせめぎあいの中で、自らの身体を纏うという状況は成り立っている。

建築も、都市の環境、建築を取り巻くありとあらゆる状況の中で、多様な関係を結びうるような在り方がよいのではないだろうか。

都市の風景、空地とヴォリューム、街路とファサード、都市の自然と人工物、人間の行為と形態、昼間と夜、晴天の日と雨の日・・・
目に見えるものも、見えないものも、あらゆる感覚によって形づくられる建築の在り方。それが、「都市を纏う」ということである。


そして何より、「纏う」という言葉のもつ、衣のような、柔らかい外皮が身体と包み込むような在り方・・・。その形状が、外気と身体の両側からせめぎ合いによって決められてくるような、流動的で多重に折り重なったイメージは、私にとって、とても魅力的なものとして感じられる。
______________________

環境」を卒制のテーマにしたいと先週はここに書いた。
しかしどうやら「環境」という言葉は、エコロジー的な意味合いが強く、誤解を生みそうである。そこで、自分のやりたいことを表すもっと相応しい言葉を探したいと思い、とりあえず今のところは「纏う」と言うことにした。
日本語ってほんっと難しいっ。
by yonedy7 | 2005-11-15 07:32 | ソツセイ


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